岡山地方裁判所 昭和59年(行ウ)13号 判決 1985年9月03日
原告
甲上花子
右訴訟代理人弁護士
前田嘉道
被告
岡山地方法務局倉敷支局登記官
稲葉静記
右指定代理人
塩見洋佑
外四名
<関係人一部仮名>
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告の昭和五九年九月一二日受付第三九九五一号所有権移転登記申請につき、同月一八日になした却下決定を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五九年九月一二日、岡山地方法務局倉敷支局において、訴外亡甲上太郎(以下「太郎」という)所有名義の別紙不動産目録記載の土地(以下「本件土地」という)につき同五六年六月二四日相続を登記原因として所有権移転登記申請(受付番号第三九九五一号、以下「本件申請」という)をなし、その申請書に添付して、被相続人太郎作成名義の別紙遺言書(以下「本件遺言書」という)及び同人の相続関係を証明する除籍・戸籍の謄本一式(原告他数名の相続人各記載)を提出した。
2 同支局登記官である被告は、同五九年九月一八日、本件申請には相続を証する書面の添付がないことを理由として右申請を却下する処分(以下「本件処分」という)をした。
3 しかしながら、本件処分は違法である。すなわち
(一) 登記官は、不動産登記法(以下「不登法」という)四九条所定の判断をなすにあたり、審査の方法は提出された書類と既存の登記簿だけを資料として書面審査を行なう(形式審査主義)のであるが、審査の対象は実体的権利関係をも含み、それを右の資料のみから、実質的、客観的、合理的に探究すべきものである。
これを本件に即していえば、被告たる登記官は、本件土地につき原告に相続を原因とする所有権移転があつたかどうかの実体的権利関係について当然審査をすべきであり、この判断のためには本件遺言書の記載内容によつて表示された遺言者の真意が奈辺にあつたかを客観的・合理的に探求すべきものである。
ところで、本件遺言書には、
① 遺言者の資産はすべて妻甲上花子(原告)に相続させる
② 遺言者の資産は本件遺言書添付別紙目録のとおりである
③ 甲上一郎ら三名に右目録の資産から現金七〇〇万円を遺贈する
旨記載されているのであるから、遺言書の右記載に、前記戸籍謄本等から窺われる法定相続人と遺言者との身分関係の濃淡等の事情をも加え、これを法的・合理的に解釈し、遺言者の真意を探究すると、右の別紙目録は本件遺言書作成当時の遺言者所有資産を例示的に表記したにすぎず、遺言者の真意は、その所有資産全部を原告に相続させる旨の相続分の指定と他三名に対する現金七〇〇万円の遺贈の意思、即ち、原告を唯一の相続人とする趣旨と理解するほかない。
従つて、本件遺言書の記載自体等からみて、原告は相続開始時における本件土地を含む太郎の全ての遺産を単独で相続したことは明らかであるから、本件遺言書を相続を証する書面として添付した本件登記申請は適法である。
(二) 仮に本件遺言書の解釈から前記相続分の指定の存在を積極的に認定することができないとしても、不登法四九条八号の審査は、登記官に対し申請内容と一致した実質関係が存在することにつき積極的確信ないし合理的疑いを超える程度の心証をまでを要求するものではなく、むしろ申請があればその申請に対応する実体関係も有効に存在するであろうとの推定に立ち、その実体関係の存在が疑わしいと合理的に判断される場合にのみ当該申請を却下すべきものなのである。したがつて本件遺言書の場合にも、「遺言者から原告への遺言による所有権移転」という実体関係の存在が疑わしいと判断すべき合理的理由がある場合にのみ登記申請を却下できるだけであるところ、本件遺言書の前記記載内容からは右の合理的な理由があるものとは解されないので、本件遺言書を相続を証する書面として添付した本件登記申請は適法である。
(三) したがつて、本件遺言書につき相続を証する書面にあたらないとして、原告の相続登記申請を却下した被告の処分は違法という他はない。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実はいずれも認める。
2 同3の主張はすべて争う。
被告は、原告のなした本件申請について申請書に添付された本件遺言書別紙目録中に本件土地の記載が存しなかつたことから、本件土地につき相続を証する書面の添付がないとしてこれを却下したものである。
ところで、不登法上、所有権移転登記等不動産の権利に関する登記に関しては、登記官は当該申請書及び添付書面について、登記申請が同法四九条各号所定の登記の形式上の要件を具備しているか否かの、いわゆる形式的審査をなしうるにとどまり、進んでその登記事項が真実であるかどうかの、いわゆる実質的審査までする権限を有するものではない。
これを原告のなした本件申請についてみると、その申請書には登記原因として「昭和五六年六月二四日相続」と記載され、添付書面として被相続人甲上太郎の本件遺言書等が添付されていたので、果たしてこの遺言書が、申請書に記載された申請物件である本件土地について相続が開始し、その相続人が原告ただ一人であることを証する不登法四一条の相続を証する書面といえるか否かについて審査することとなる。
この場合、登記官の審査権の範囲としては、本件遺言書がその記載文言から判断して、だれしもが明白に本件土地について、相続分の指定又は遺産分割の方法の指定をしたものであると判断しうる表現がなされているか否かについてのみ審査権を行使しうるのであるが、本件遺言書は、その記載の形式及び文言から、これをもつて本件土地を原告に相続させる相続分の指定又は遺産分割の方法の指定がなされたことを証する書面とは認められないものである。原告主張のごとく、本件遺言書の「小生資産(別紙目録通り)ハスベテ妻甲上花子ニヨリ相続セシメル、……」の文言を超えて遺言者たる太郎の真意を探究し、ち密な法律解釈を行なうなどして本件遺言者たる太郎の意思が本件遺言書別紙目録に記載のない「本件土地」までを含んでいると認定することこそ、まさに被告の権限を超えた実質的審査に属することであるといわねばならない。
とすれば、本件土地について、相続分の指定又は遺産分割の方法の指定のない本件では、不登法四九条八号の規定により却下を免れない。
以上により、被告のなした本件処分には何らの違法はない。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求原因1及び2の事実については当事者間に争いがない。本訴の争点は、本件遺言書が本件申請に必要な相続を証する書面にあたらないとした被告の判断の適否のみである。
2 そこで検討するに、登記申請に際し登記官のなす審査は、不登法四九条の規定の趣旨に鑑みると、登記手続の迅速性及び単純化の要請から原則として申請にあたつて提出された書類とこれに関連する既存の登記簿とだけを資料として行なわれる書面審査であつて、右審査の具体的方法としては、提出を要する書面の提出の有無及び提出された書面の形式的真正の範囲にとどまり、その実質的真正についてまでは及ばず、また、記載事項の文言的解釈についても形式的厳格性が要求されるものであり、以上の意味において、登記官は実質的審査権限を有さず、形式的審査権限を有するにとどまるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件申請に際し原告において添付した別紙のとおりの本件遺言書中には本件土地の記載が何ら存しないのであるから、その形式的文言の上からは原告が本件土地を相続により取得したものと理解することはできず、本件遺言書をもつてしては原告の相続を証する書面ということはできないものと考えざるを得ない。
3 この点について原告は、請求原因3(一)中で、本件遺言書中には「資産(別紙目録通り)」は「スベテ」原告に相続させる旨の記載があり、その余の記載部分らとを合わせ考えて合理的に理解すれば、遺言者の真意は本件土地を原告に相続させる趣旨であることは明白である旨主張し、本件遺言書(甲第一号証)中に原告主張の如き記載の存する事実は明らかなところである。
しかしながら、右記載内容を理解するにあたつては前述のとおり形式的厳格性が要求されるべきものであつて、右の「スベテ」の記載を遺言者の特定掲記した遺産以外の資産をも包含するものと解することは、前述の形式的審査権限しか有しない被告登記官に対し、記載事項の形式的字義的解釈を超えた実質的意味内容を検討させ、遺言者の意思を推測してその真意を探究させて記載されていない遺産の実体的権利関係についての判断を求めることにほかならず、到底許されないものといわざるを得ない。
4 また原告の請求原因3(二)中での主張も、既に右1、2の判断中において明らかにしたごとく、本件遺言書の記載文言からは本件土地につき「遺言者より原告への遺言による所有権移転」があつたといえないことが認められるので、これまた失当といわざるを得ない。
5 してみれば、本件申請においては、本件遺言書以外に他に相続を証する書面の添付はないのであるから、本件土地についての登記原因である相続を証する書面の添付がないとの理由で不登法四九条八号により本件申請を却下した被告の本件処分は相当であつて違法ということはできない。
二よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官笠井達也 裁判官郷 俊介 裁判官玉置 健)
不動産目録
岡山県倉敷市玉島柏島字西井六五壱弐番六
畑 七参参平方メートル
同所六五壱参番
畑 壱九壱平方メートル
同所六五壱四番七
畑 壱四弐平方メートル
遺 言 書
小生・資産(別紙目録通り)ハスベテ妻甲上花子ニヨリ相續セシタル、但シ、不動産並・墓地ノ維持ヲ義務トスルコト。不動産、証券等ノ處置ニ当ツテハ、
甲上一郎、丙原春日、甲上二郎、三氏ト詳細相談スルコト。上記資産目録ノ内、現金五、〇〇〇、〇〇〇円ヲ甲上一郎ニ、現金一、〇〇〇、〇〇〇円ヲ丙原春日ニ、現金一、〇〇〇、〇〇〇円ヲ甲上二郎ニ贈ル。
以上
昭和四五年一月一日
神戸市○区○○町四丁目四番五号
甲上 太郎
目 録
①不動産
神戸市灘区高羽字楠丘
七二番ノ一
一二五・四二坪
(登記面) 土 地
〃 〃 〃 〃 一一九・九九坪
七二番ノ廿二
三四・〇四坪
( 〃 )
計一五九・四六坪
( 〃 )
神戸市灘区楠丘町
四丁目四番五号 家屋一棟
電話 御影八五ノ○△○△
電話加入権
墓地 宝塚市山水地区
②証 券
川崎製鉄 株式 三二〇、〇〇〇株
川崎重工業 〃 三〇、〇〇〇
三菱重工業 〃 二〇、〇〇〇
八幡製鉄 〃 一、〇〇〇
富士製鉄 〃 一、〇〇〇
日本鋼管 〃 一、〇〇〇
住友金属 〃 一、三三三
神戸製鋼 〃 六、〇六〇
日産自動車 〃 二一、〇〇〇
麒麟麦酒 〃 二〇、〇〇〇
京阪神急行 〃 二〇、〇〇〇
阪神電鉄 〃 二〇、〇〇〇
東洋レーヨン 〃 三〇、〇〇〇
帝 人 〃 四〇、〇八二
鐘淵紡績 〃 五、八一一
日本毛織 〃 六、三二五
三井物産 〃 三〇、〇〇〇
日商岩井 〃 一〇、〇〇〇
大 丸 〃 一〇、〇〇〇
阪神百貨店 〃 一、〇〇〇
日東証券 〃 一〇、〇〇〇
東 宝 〃 一、〇〇〇
OS劇場 〃 四九二
コマスタヂアム〃 一〇〇
新阪急ホテル 〃 四〇〇
計 六〇六、六〇三株
大和証券投資信託 二〇
ユニット 第二〇二回
No.一〇三、四〇三